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 2024年 神舞
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お知らせ

祝島神舞は
三年後の2024年の神舞年に執行する予定です。
けれども島民の皆さんが高齢化して、しかも少人数となり
手作業が多い神舞は、一朝一夕では準備が整いません。
漁船もすっかり減って、華の海上絵巻も大ピンチです。
コロナ禍の昨今、安心安全な神舞大祭は描写さえもが
私見ですが難しくなりました。


神舞の動向は上記のコラムを順次更新していきますのでご覧下さい。

報告 橋部好明  (2021/8/15)





あしあと 花の写真集 神舞の話
更新2021/9/03


2016年(平成28年)
更新2016/6/18
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更新2012/03/24 更新2020/05/30

2021・9・11:撮影
2021・9・11:撮影
遺したい 祝島の
草花




二階の窓から

お花をいただきました。
平穏



サテ、ここは何処でしょうか?  (8月8日)





↓ こちらはブログ覗き窓です ↓







 9月11日:曇りからゆっくりと晴れへ
フィリッピン辺りでだんだんと勢力を増してきた台風14号、NHKさんがニュースの度に事前準備をと注意喚起する。15日16日頃だと言うのだけどそんなに早く来襲なのだと、あと4・5日しかない。
”油断は大敵”だけど、政府のコロナ対策で一年余りも緊張させられて来た日本国民、どう反応するのだろうか〜。










 9月10日:晴れ
相続や共済年金の支給対策やら後始末とかで、緊張が続いたからかいささか頭に血が上ってしまった〜。睡眠不足は自分が招いてるみたいなんだけど・・・・。

祝島に帰って屋上で青空の雲を眺めてたら、少し落ち着いてきたみたい〜。










 9月08日:小雨からゆっくりと晴れへ
家内の共済年金の支給を問い合わせたら、県庁内の共済組合事務局に来られたしという。
その前に周南保険事務所に長男と行ったら「ここは厚生年金が主事務なので〜」と。

しかし驚きました。県職の担当者が事務室の一角で直々に対応して下さって、しかも丁寧に記載方をも指導してくれました。自分で処理したのなら半年かけても完遂出来なかっただろうなぁと感謝しながら県庁を後にしました。

嬉しいことがもうひとつ。教育委員時代に山口で会議が年二、三回有ったのですが、帰途良く立ち寄ったカレー店、注意しながら走ってたら有りました。五年くらい前に寄った時は生憎満席だったのですが今回は本格的な味に出会えました。”インド型とイギリス型がありますがどちらに〜”とのことで、ん〜〜でしたが、どちらを選んだでしょうか〜?。^0^













 9月05日:曇りからゆっくりと晴れへ
時化か〜と期待してたのですが・・・何故期待〜?、だらしくって起き辛く、結局愚図愚図でしたが、
”エイヤッ”っと気合一番の飛び起きを目指したのですが、サテッどうでしたか〜。ハハハでした。

これからハリケーンや集中豪雨に度々襲われる〜と米国大統領が演説で述べてましたが、21世紀は人類は被災の環境下での試練生活の連続かも〜。
自然に対する畏敬の念を忘れてはならない〜と思う。
原発が地球温暖化対策の切り札と言う論客がいますが、そう言う方達は原子炉を冷やすための大量の温排水には触れない。意識的だというならば、言ってはならないことがあるのか〜と勘ぐりたくなる。
「良く何も無いと退屈〜」という方がおられる。そうでしょうか〜?!。









 9月03日:豪雨後曇り
大きな雨でした。雷の”ハヤシ”が入って豪快に降り続き一時は心細くなりましたが、とうとう停電にはなりませんでした。港外にまで土砂が流れ出たようで夕方まで海面が茶褐色でした。こんな大きな雨降りは久し振りでした。












 9月02日:雨のち曇り
従兄が買い物に行きたいというのでその予定にしてたのですが、明け方にかなりの音で降ってたので中止にしました。で、二便で帰島したのですが海は小揺れで少し拍子抜けの感がしましたが、凪ぎに勝るものは無いですよね。












スマートフォンが壊れたので新調しました。
番号は今まで通りで「090−4824−2255」です。

 8月31日:晴れ
”静寂〜”、なんでこんなに静かなのか〜と、回りを思わず見回しても難聴の耳には音が入りません。
海も凪ぎです。漁船も港内に係留されたままです。
ここまで書いたのですが、次の言葉がストップしたままで〜〜。













↓ 一瞬。シャッターが遅れました。




 8月29日:晴れ
いささか・・・夏バテか〜?!。。。。

今日は、弔問にお出下さった方達としばし”冴子さん談義”。
夕方ウォーキングに励んだとの、家内との思い出話を懐かしく聞きながら、元気を保たねばと懸命だったのだなぁ〜と胸が痛みました。ちあきなおみの’喝采’を歌ったゆうわ苑でのカラオケ教室での楽しんだことも話題となって、遺影の前で心が揺れました。
辛い療養生活に耐えながら必死に明るく振舞ったのかと、心を推し量りながら、十分に支えてやれなかった悔いが残り、面会を遮断されたインフルエンザやコロナ禍に悔しさが残りましたが、家内を偲んで下さる方が多いのが、思えば慰めになります。

臨終前の静かで眠ってるようなあの刻が思い起されてなりませんが、握った指を握り返す余力がもう無かったのか〜〜。
「ご臨終です」と告げられた時に、薄く開いてたまぶたがいつの間にか閉じられて目じりに涙が〜。

急変で子供も孫も間に合わ無かった、あのシーンがついつい想い浮かんで来て、先程も遺影に話しかけましたが返事は無く・・・・・。私も一人ぽっち〜。
















↓ 以下は午後です。











上と下〜、どちらが涼しいのでしょうか?







 8月26日:曇りのち晴れ
台風も熱低になったようで、好天かと期待したのですが、雲の優勢な不安定な一日となりそうです。

スマートフォンの液晶画面に色が漏出し出して来て(一昨日夕)、今朝は画面全体に広がって判読が出来なくなりました。何故こうなったのか〜?。

明日は胃カメラ検査の予定なのですが、これから二便で出かけます。











大気は不安定のようです。



 8月25日:晴れ
死後もう一週間も過ぎました。やりたいことばかりなのに手につかず、いたずらに時間を浪費してしまいました。
バイクをガス欠で船着場の傍においていたので、今日は朝から心準備?してたのでガソリンを無事に購入して、蓄電のため長磯海岸を試運転、風が心地良かった。

長いこと更新できませんでしたがやっと〜・・・・。

「参列できなかったので、葬儀の様子をWEBで発信して」という声があったので一部を掲載しました。
不愉快な方も居られるかなと心配ですが、身勝手をご勘弁下さい。

午前中はゆったりと刻が流れていましたが、夕方近くでにわか雨。布団干していたので慌てました。















 8月23日:曇り
周南市の社会保険事務所に長男が車で迎えに来てくれたので年金の手続きに行きました。
予約しなければいけないのに、ぶっつけで行ってしまったのですが、好意で対応してくれました。
〜感謝!。〜

スマートフォンの調子が変になりました。
急用の方は「09057048080」へお電話下さい。




 8月21日:曇り
諸々片づけをと思って室津に出てきたのですが、今日は土曜日で「アレ〜ッ!」でした。が途中エンジンがかかりましたが、すぐにエンスト。気合が抜けました。





 8月20日:曇り
墓への納骨は準備は出来ているのですが、少し先にします。
せっかく家に帰ったのだし、私も傍において話しかけたりして、しばらくノンビリさせてやります。




橋部の墓にもお花を立ててくれたりと守ってくださってる
Aさん宅のお墓が近くです。


 8月19日:曇りのち晴れ
告別式・葬儀と滞りなく静かに行うことが出来、感謝〜。
終了後、チャーター船で祝島へ〜。参列した長男と三男は室津港で見送ってくれました。
次男は千葉県在住なので参列は取りやめましたが、コロナ禍ではいたし方ないです。

着くと大勢の皆さんが出迎えて下さって感激しました。荷物もさっと運んでくださり、ありがたく胸が一杯になりました。


自宅の仏間に安置出来ました。
「祝島に帰ったよ」と皆さんが声かけてくれました。

 8月18日:曇り
昨日(17日)朝9時前ごろ家内の入院先から電話。「呼吸が乱れた〜。至急来院されたし。」と。

慌てて飛んで行きましたが、すでに危篤状況でしたが、苦しげでも無く静かに眠っていました。
「朝早くから検査など繰り返しているのですが悪いところが無いのに、心拍の乱れが治まらず次第に動きが弱まってが来ています〜」と主治医の先生。今夜が山かも〜とおっしゃるので子供たちに連絡するために控え室にいたら、早くベッドの傍へ〜と緊急連絡。

見かけは替わりませんが間もなくかも〜と小さな声で・・・・。pm3:00前から弱まる息づかい。声かけてあげて下さいと看護師さん。かすかにまぶたが動いたようでしたがそのままに〜。
8月17日、3:52でした。
ふと、よく見ると薄く開いてたまぶたが綴じていて目じりにうっすらと涙が〜。手が次第に冷たくなって行きました。

"さよなら冴子、良く頑張ったネ。もう薬を飲め・飲めとは言わないからね”とつぶやいたら、何だか頬が緩んだみたいで・・・。辛かったんだろうなぁ。




準備前の会場


できるだけ少人数で〜ということなので、公示もせず家族で見送ろう〜と
思ったのでしたが、それでもいろいろなお方や思いがけない方たちが
お参りして下さって・・・・。


 8月16日:曇り一時雨
午前中はゆったりと刻が流れていましたが、正午前後には雨が〜。
夕方は雲が多くなり山惣津に雲が懸かりました。明日はまたまた雨との付き合いです。











 8月15日:曇り時々晴れ
室津の生活が長くなったというよりか、自分の通院と家内の病院への日参?と三男が盆休暇で室津宅に帰宅したりで、祝島の盆が後回しになってしまいました。
二便の’いわい’で帰宅しましたので、とりあえず、祝島のお墓参りと寺参りをぎりぎりで済ませてヤレヤレとほっとした次第です。

仏壇は先月の法事で開けてましたので、「好明は何処へ行ったか」と御先祖のお怒りも半分で堪えてもらえたか〜と勝手な解釈でご勘弁いただきました。 ><;)












 8月08日:晴れ
オリンピックも熱戦と言いますか、お互いが全力でぶつかる対決が見られ、少々消極的になってしまった自らの日常生活に”活”が入ったのなら良いのですが・・・。
生憎台風さんがお邪魔虫よろしくやって来て”迷惑”を掛けてくれてますが、まぁ花を添えてくれたと笑えと言われたら、一寸歯がゆいですね。

メダルがラッシュでしたが、その影には血のにじむような努力があったこと、覚えてて次世代へ・・。

台風準備完了とは行きませんが一応終えたので、二便で室津へ〜。
退院して、次の病院を探していたら、家内の再入院可の連絡をいただいてほっとしました。
もう、回復が見込めないのに、余り連れ歩くよりか静かに看取ってやりたいと思っています。
















 8月04日:晴れ
五輪とコロナで明け暮れる昨今、もうすぐ10時になります。
今朝は5時前に目覚めてボンヤリ、そうだ暑中はがきをいただいてた〜と思いだしたら気がかりになって飛び起きて?、何時もの血圧体温血行・・・etctと異常なしの数値が計測されてヤレヤレ〜。
それからもう五時間。
オリンピックも勝ち負けの悲哀を、勝って泣き負けて泣きで大変〜?!
「世界一のシンボル」ですから懸命ですが、勝ちか負けかの世界ですから辛い世界ですね。

昨夕の’いわい’第3便で帰島しました。ところが急いで発ったので、眼薬を忘れてしまって〜><;)。
前回も忘れて島滞在を切り上げた経緯がありましたので薬は準備したのでしたが、バックに入れてなくって〜、ア〜ァです。目薬なので、手術の後なので射すのを止めたら影響大なので、今日も切り上げて二便に乗ります。〜泣きたい〜。














祝島城〜?
上の写真に良く似た石垣が残されていました。(2021・7・24)
ドッシリした民家が建ってましたが、今は石垣が寂しそうです。

祝島小字西岡村地区に有ります。
古代、繰り返された火山噴火で積み重なった安山岩と土。
永い歳月、度重なる豪雨で土石流もあったことでしょう。
その都度土は海に流され、残された岩石が積み重なって
岩山になり「岩見嶋」と揶揄されたとも〜。
祝島人は山頂、中腹から平坦地に移動を始め、傾斜地には
石垣を積み宅地を造成したと言われています。













       2021年(令和3年)7月31日までの出来事は「あしあと」でご覧下さい。

 
 現在、瀬戸内海を見渡した時、かつてこの下に、大草原や湖があってマンモスゾウのファミリーが悠々と闊歩していたという話、にわかには信じがたいかもしれません。氷河期から暖期へと悠久の時が流れ、いつしか草原が海となり、高い山々の一部が島となって、多島美を誇る瀬戸内海を形成しました。
 やがて、黒潮が豊かな自然の恵みを運び、素晴らしい大自然を私どもに提供してくれました。この良き環境を後世に伝承することは、今を生きる私どもの大きな責務だと思います。
 この祝島も、貴重な遺産の一つ。今一度島内を巡り、祝島を写真で順次紹介してまいりたいと、ホームページを開きました。
(橋部 好明)

リンク
「祝島ホームページ」
おらがホームページ(多趣多芸の木村先生の日記は面白い)
祝島市場ホームページ(特産物関連のニュースも沢山)
         

 
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