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 2024年 神舞
日誌
(更新調整中)
日程
(更新調整中)

お知らせ

祝島神舞は
三年後の2024年の神舞年に執行する予定です。
けれども島民の皆さんが高齢化して、しかも少人数となり
手作業が多い神舞は、一朝一夕では準備が整いません。
漁船もすっかり減って、華の海上絵巻も大ピンチです。
コロナ禍の昨今、安心安全な神舞大祭は描写さえもが
難しくなりましたが、原発で中断を余儀なくされた伝統文化を
皆の努力でせっかく再開出来た祝島の宝を、ウィズコロナで
次世代へどういう形で継承出来るか、残された時間は多くない。
英知とヤル気を喚起しなければと想う今日この頃です。



神舞の動向は上記のコラムを順次更新していきますのでご覧下さい。

報告 橋部好明  (2021/8/15)





あしあと 花の写真集 神舞の話
更新2021/10/03

崩れてた7月8月9月の出来事が正常位置に設定出来ました。
ご覧下さい。
2016年(平成28年)
更新2016/6/18
英文あり



アイコン
今月のフォト フォトギャラリー お話あれこれ
更新2012/03/24 更新2020/05/30

2021・10・16:撮影
2021・10・16:撮影
遺したい 祝島の
草花




二階の窓から

カサブランカ
’いわい’第3便



サテ、ここは何処でしょうか?  (9月29日)

自宅の屋上から望遠で撮りました。次第に熟して色付くのが楽しみです。
10月9日の写真をご注目下さい。
今日は雨で出していませんので、後日拡大写真を掲載します。






↓ こちらはブログ覗き窓です ↓






 10月16日:曇り
お医者さんのハシゴは何だか疲れてヤレヤレです。
眼科と整形は患者さんが多くって、待つ時間が長くって、ボンヤリしているだけなのに疲れますね。
診察される先生は体だけでなくって頭も使うのだから、余り文句を言うとバチが当たります。どちらも子供さんの姿はなし。子供が生まれないのだから頭でっかちの社会は止むを得ませんが、世界中が人口の減少も目前ですから、「敵基地を先行爆撃する」となるとどういう現象が起きて不都合が発生するのか、国連の権威を早く高めないとコロナが居座ったら対応しきれない非常事態が起こりそうだけど、
サテ、名案は〜?!。











↑ 雲が厚くなりました。晴れた写真は心が晴れ晴れ〜。↓






 10月13日:曇り
今朝からお医者さんをハシゴします。









 10月12日:雨のち晴れ
クモの嫌いな方はゴメンなさい。


















 10月11日:雨のち晴れ
豊後水道を上って来た雨雲が祝島上空にかかったなあ〜と思いながら港内を見ていたら雨粒が海面で跳ねていました。レーダーの眼力?!も正確になって来ましたね。

ぼんやりと眺めてて、ふと〜アレツ豊予海峡なのに何故豊後水道〜と急に不安になって本棚の中学生地図を引っ張り出してお勉強しました。豊前は大分県北部で豊後が南部で、宇和海と対峙して豊後水道を形成してるからなんだと納得。この水道を通って入ってきた黒潮が南方のプランクトンを大量に含んでいて、瀬戸内海に入って豊かな海の幸を祝島に運んでくれていたんだ〜なんて・・・・。
祝島周辺は鯛の好漁場で「祝島の鯛の一本釣り」は高く評価されてたけど急に釣れなくなって、魚価も大きく落ち込み、オマケに網で一網打尽するゴチ網船が海底を壊してしまって魚影も激減して、手釣りの漁船が皆無になりそうな惨状です。港内漁船の姿が減りました。

対岸の牛島との間を底引き船が行ったり来たり〜、今日は見えません。






 10月09日:晴れ
今日も紺碧の秋晴れです。
NHKを見習った?のかも知れませんが、思い切り深呼吸をして見ました。
この新鮮な大気の中で生活できるという喜び、幸せを感じました。
皆さんもどうぞ〜!。











 10月08日:晴れ
今日はゴミ出しの日だと早起きして〜何とAM4:30〜第一便で帰島しました。
あれこれ袋に詰めて持って出たら、置き場にはゼロ、何も出していない。
アレッ〜と帰宅してカレンダーを見れば十月からは週一回となっていて、然るに今日からは金曜日でも収集なし〜で、”ん〜!”でした。

今朝、祝島港に朝陽を浴びながら入港しました。


’いわい’第2便  ↓











 10月06日:晴れ
今日も真夏日になるという。十月だというのに〜とぼやいてもそれは駄目。日の出の強烈な輝きは太陽の底力の象徴、自然の力には感服ですね。
「晴耕雨読」を実行されてはいかが〜〜。






















 10月04日:晴れ
はや、十月です。
駆け足で進みます。今日は亡妻の満中陰ということで近所の人や亡妻と昵懇の方たちが集ってくれました。深く感謝です。多用の生活から解放され、これからはノンビリ〜とと言う矢先に病気が進行して、皆さんの沢山の看病をいただき思いやりを受けながらの七十七年の歳月でしたが、さぞかし無念であったろうと推察されるのですが、愚痴一つこぼさず、アリガトウの言葉を残して他界へ旅立ちました。
「お父さん、このお芋ブチ甘い〜」と、眼を細めた顔が想い浮かぶと、芋をレンジで焼いては通った日々が回想され、もっと何かしてやれなかったのかと・・・・。コロナで会えなかった悔しさが募ります。









祝島に嫁いで五十二年、
忘れ物をした子供を追いかけたり、いたずらっ子達を追い回したり、
おしゃべりしたりのこの道、23年間小中学校の事務職にも通勤した
かってのメインストリートですが、今は人通りもめったにありません。


       2021年(令和3年)9月30日までの出来事は「あしあと」でご覧下さい。

 
 現在、瀬戸内海を見渡した時、かつてこの下に、大草原や湖があってマンモスゾウのファミリーが悠々と闊歩していたという話、にわかには信じがたいかもしれません。氷河期から暖期へと悠久の時が流れ、いつしか草原が海となり、高い山々の一部が島となって、多島美を誇る瀬戸内海を形成しました。
 やがて、黒潮が豊かな自然の恵みを運び、素晴らしい大自然を私どもに提供してくれました。この良き環境を後世に伝承することは、今を生きる私どもの大きな責務だと思います。
 この祝島も、貴重な遺産の一つ。今一度島内を巡り、祝島を写真で順次紹介してまいりたいと、ホームページを開きました。
(橋部 好明)

リンク
「祝島ホームページ」
おらがホームページ(多趣多芸の木村先生の日記は面白い)
祝島市場ホームページ(特産物関連のニュースも沢山)
         

 
上関町今日明日の天気
山口の雨雲の動き(レーダー)