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2018・07・21:撮影 2018・07・21:撮影
今日の風物



二階の窓から

ナツメがドッサリ!
先の豪雨災害のゴミが〜、灰鷺が心配そうに〜。
         

                  
    龍真君の激励幕が祝島公民館にも掲げられました。頑張れ〜!!!
                                    (2018/7/15)



              ここは何処でしょう?(06) (06月12日)
                      
◎ブログはじめました。


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7月21日:晴
昨日はテレビの呼びかけに応じて?、終日クーラーを効かした室内で時を過ごした。
被災地で汗だくのボランティアに敬服。けども私は昨日はとうとうタコツボ漁に出向けなかった。
手首が時々に痛む。骨には異常がないようだけど動かせば痛む。><;)

高齢者が生き倒れになった状態で死亡してるニュースに心が痛む。
終末は病院か自宅か〜という問いかけのNHK放送。
病院は三十日間だけ。経過すると自宅に帰るか、病室が空いていれば割り増し金を払っての居座り。
じゃぁ自宅を選んだら誰が面倒を見てくれるのか〜と、つい思ってしまった。父は母が自宅で看取った。まだエアコンのない時代で、ウチワで風を送ると心地よさそうに目を細めていたのを急に思い出した。
母は伊保庄の国病時代に病院で家内が看取った。電話機の向こうの家内の沈痛な声が蘇(よみがえ)る。今、私達は子ども達と別居してるのが現状、どうなるのだろう。

「大人になったら1年がどうして短いのだろう〜」と、NHK「チコちゃんに叱られる」で話題になった。大人はトキメキがないから、そういえば凡々〜な時ばかりだからという。

カジノ法が成立、博打して大いにトキメこうか〜?

傘寿の人から、今後年賀の挨拶を取りやめるとお詫びの書中見舞いが来た。
そういえば昨年までに五人ばかりそういう連絡が来ている。
なし崩しよりか、人生を閉じるけじめをつけたいという。
私には、当人が亡くなられた後も、奥さんやお子さんと年賀の挨拶を継続してる方たちが二十人余おられる。年賀の度に人生のある時代を彷彿出来る。欠礼したら「どうされたのですか?。」とお見舞いが来た。「貴方の年賀で主人の人生を想い浮かべてます。」と〜。

喜寿を迎えた身としては、自分はあと三年有る〜と達観してはおれない。
皆さんは、どうされますか〜?。     (〜誕生日の雑感から〜)

眩しい陽光に目を細めて眺めていたら、ゴミがドッサリ流れ着きました。
紺碧の空に白い雲のコントラストが美しく、海面見ると思わずため息です。

























7月19日:晴
朝から体が重い〜?。去年までは「クーラー病」になるよと注意を喚起されていましたが、今年は上手にクーラーを活用して下さいという、呼びかけが変わった。
熱中症が室内に退避していても追っかけてきて騒動させる昨今、これが常態となったら、働き方にも一考を要する時が来た様でもありますネ。

手首の腫れがやっと取れたようだ。それにしてもちょっとの拍子で転倒するようになったという認識を自ら持たねばならないようだ。><;)
昨日整形科の受診をした。幸い骨には異常がなかったが強く手を突いて体重を支えたので筋肉が無理したようだった。シップを処方してくれた。

テレビで無用な運動は控えるようにと言ってた。海はベタ凪ぎなんだけど、タコツボの引き上げやアナゴ漁に出かけたいのだけど、体調を損ねたら元も効もないし、ここは自重かな?。

「お身体大切に。冴子さんのためにも〜」と、最近言って下さる方が多い。有り難いお気持ちだとつくづく感謝、感謝。家内の体調維持が次第にむずかしくなってきた現状、本人がどうしようもないし、どうにもならないのだから、私が付いていてやらねば・・・。

ケアハウスに出入りすると、入居されてる方たちが珍しそうにしていたが、顔見知りになって
手を振ったり、声を掛け合ったりするようになった。
職員さんたちも、よく気遣ってくれる。ご本人に奮起を促すのだけど、ちょっと無理なのが心配の種、当分は出入りさせてもらいましょう。

二階の窓を網戸にして、エアコンの送風を回すと、涼風が流れ込んでくる〜。
漁船もレジャーボートも見えない。時折大型船が通過するが途切れる。

’いわい’第2便が、もう帰って来た。今日はしばらくのんびりします。





















7月18日:晴
”40℃、越えた〜”と、特別ニュース並みのアナウンスが流れました。
”命を守る行動を〜”との呼びかけも〜。
一体この暑さは何時まで続くのやら・・・・。

室津港を出たら、上関海峡を通過する”いわい”に遭遇しました。














先日は’いのしし’に驚きましたが、今日はヤギがどうして出現〜?


7月17日:晴
連日の猛暑がまだまだ続くようです。
熱中症の症状で2000人余搬送、二人亡くなられた〜とか。ちょっとこわいですね。

今日、明日とお医者さんのハシゴで出かけます。
ここ数日、心臓の動きが少し変なので、明日がその診察日なのでいいタイミングです。
定期船のつもりだったのですが、凪ぎだし、荷物も有るので自船で〜。





7月16日:晴
もう午後3時を回りました。
窓から流れ込む風は爽やかですが、日向は炎天下です。

24時間経ってしまいましたが、昨日の今頃、涼風の心地よさを書いてこのHPを更新してるとなんだか体調が変〜?。何気なく脈を取ってみたら、強弱を繰り返してるみたいで、「エ〜なんでぇ〜?」。尋常な脈拍でない。????

急いで携帯心電図計で測ってみたら、大きく乱れてる。”ヤバイ〜”どうしよう〜。
そういえば今朝から水飲んでないなぁ。自治会の作業、引き続いての庭木の剪定。途中コップで冷茶一杯だけだ。昼食の時ご褒美の缶ビール飲んだだけでそう言えば’水分取ってないな’。熱中症かも〜。慌ててガブガブ飲んだって、急には効かない。
慌てましたね。手首で測る簡易血圧計が、96・45を指してる。
携帯電話を手元において約2時間、やっと頭が上がりました。’ヤレヤレ〜。
アレだけ熱中症気をつけて〜と呼びかけているのに、他人事にしてました。
  大大反省しました。猛暑でなく猛省〜!。

流れ込む涼風は昨日と同じですが、午前中は懸案だった、裏庭の清掃を終え今日は健康の幸せを感じてます。
先日痛めた手首がちょっと痛いけど、心は^0^)で〜す。







昼下がり↓













7月15日:晴
「猛暑、復旧妨げ」〜と大きな見出しの新聞一面トップ。
クーラーの下に陣取っていても猛暑が合点が行きます。

朝一番は自治会主催の恒例の海岸清掃、暑くならない内にと気合を入れて取り組み早々に終了。その勢いで、この間から懸案であった玄関の「門かづきの松」の夏芽の剪定。
先輩達の話では7月15日がタイムリミットということで、先日来取り組んでいたのですが、その剪定の総仕上げ。12時のチャイムと同時に終了。

昼食を終えてテレビの’のど自慢’聞いていたら、そのままお昼寝!。これも恒例かな。
やっと起き出して二階へ。目の前に鏡のような海面が広がっています。
窓から流れ込む爽やかな風に応援されてお昼寝の追加?!。

光市室積の空に入道雲が湧いて来ました。夏到来です。
なんと四時前。 @0@〜)






















7月14日:晴
第2便で祝島に帰着。
まずは定番の風景から〜。














7月13日:晴
昨日に続いて今夕も見事に変化してくれました。










7月12日:晴
梅雨明けしたら、今度は猛暑日。
車中でも熱中症〜?。夜半に寝汗でビッショリ。便秘〜。”ん〜〜”



今朝も元気に登校してくれました。出迎える教委の係官はご苦労様!。


夕焼けに浮かぶ国宝・四階楼。後方は常満寺






7月11日:晴
先の西日本豪雨、行方不明の方、非難している方、まだまだ沢山ですね。
それに断水が復旧しないので、泥の後始末が出来ない。熱中症も被災者を悩ませていますね。そんな中で、豪雨を横目で見ながら宴会で盛り上がったと非難されている自民党さん。
非難されても動じないのは、内閣支持率は高い、自民党は地方選挙でも勝ち出した。好材料が揃ってるのだから、口先だけの反省しては繕っている。’ア〜ア〜、どうしようもない?’

反省といえば、昨日の私。交通網がメチャクチャだというニュースを”我関せず”の罰が当たりました。田布施広島間の高速バスが平常運転だとのローカルニュースを見て、通院をしようと思ったのですが、高速が回復してるのならJRも、と勝手に決めて乗車時間が迫ってたのに益に走った、JRなら駅からが便利だからと、時間に余裕があったので柳井港駅まで。
相変わらず、港駅は寂しいなぁと一休みしてから見渡したら、なんと運行中止の告文が。

高速バスは出てしまった後だし、岩国駅まで行けば連絡があるからと海岸線を走って行くと「アレッ車が多いなぁ」と。どこも混乱してるみたいだし〜で、病院に無理お願いして診察日の変更でチョン!。

「自船なので大きな買い物しようと、スーパーへ。棚の商品が少ない、やはり流通機構も混乱が回復していないなぁ。なんとなく購買意欲も減少して、家内の顔を見て帰宅へ。

それからが災難勃発。自宅について屋上へ。一階の踊り場から屋上への最後の段で踏みはずしてしまってバッタン、手を突きましたが両手で支えたのですが、顔は大丈夫だと思いましたが唇から血が。手首が痛くって動かせない。救急車というわけにも行かず、救急処置といっても、痛み止めを塗ったり、擦り傷に絆創膏を張ったり。痛くってなかなか寝られなくって散々でした。朝の便には乗れなかったのですが、起き出してアレコレしてたらだいぶ動けるようになりました。

家内を眼科に連れて行かなくてはならないので、第2便で出ます。左手は手首、右手は肘、左足は膝、右足は脛(スネ)と痛いのだけど、運転できるかな?。><;)
















7月10日:晴
朝焼けの中陽が昇ってきました。
またやってくるのかと心配した台風8号が中国大陸を目差しているようなのでヤレヤレ。
雲があちこちにあるのですが、焼けてくれて写真を撮るのにはラッキーでした。

今日は通院で広島に行く予定なのですが、定期船をやめて自船にします。
早く帰れたら、島まで〜と思っています。あすも出かけなければならないので、進行をみて、また家内の様子で決めたいと思っています。海は大丈夫みたいなので。













7月09日:晴
青空が戻ってきました。日向には無帽子では出られません。でも、こちらでは木陰で涼を取れば良いのですが、被災地ではそうはいきません。片付けもままならず呆然と佇んでる方も多いようです。自然を畏敬して共存する術は〜と聞かれても、一言では言えませんね。
観測史上初めてという言葉、命を守るための行動を〜というアナウンスには驚きです。
















7月08日:雨のち曇り
テレビに映し出される場面が現実だとは〜。道路が川になってる。
自然を支配している〜と豪語はできませんね。
これだけの雨量を受け入れても平然としている大海面、泰然と干潮と満潮を時間通りに繰り返しています。
昼まで降り続けた雨が午後にはあがりました。











祝島の現状を見て聞いて、どうレポートするのでしょうか〜、
広島から来た大学生たち、素直で明朗です。

7月07日:雨のち曇り
それにしてもよく降りました。
茶色になった港内がなかなか澄んで来ません。海底に泥が厚く積もってしまっでたしょうね。
西空の雲が一時切れて青空が見えたのですが、また雲が広がってしまいましたが次第に明るくなりましたから、晴れ間が広がって来るでしょう。

さすがの前線も南に下がったようです。そうなると海の白波が消えて凪ぎになります。
けど、伸びた前線の下ではまだまだ記録的に降り続いています。軒並み警報の文字が並ぶと「ヘェ〜」という感じであまり驚かなくなる〜から不思議ですね。「一瞬に生と死に分かれる」って、’世は無常’ですね。
























「う〜ら、よう降ったのや」「たまげたのんたぁ」先程の会話です。




7月06日:雨
今日も一日中雨の予報、しかも強雨だという。
明日も明後日も〜となると随分長雨。あまり経験がないですね。水浸しの日本列島、こんなにも水害に弱いとは〜、ちょっと予想外でした。暴れる川を治めることは国を治めることだと時代物小説を読んでたらよく出て来たと思う言葉だったような気がするけど、重機のない時代には美田を守るって大変だったでしょうね。

今朝室津a.m6:10発の’いわい’第1便で帰島しました。お陰様で何も台風被害もなかったのですが、強雨が歓迎してくれてヤレヤレでした。

お気づきと思いますが、タブレットでブログを何とか更新出来るようになって祝島不在時の空白をカバー出来るようになったのですが、スマートフォンでも出来るのではと、ドコモ店に行って見たら、いとも簡単に投稿できるように措置?してくれました。^0^)
現使用中のスマートフォンがバッテリーがすぐ消耗するので確認してもらったら、あんまりちょくちょく充電しないほうが良いのでは〜と指摘されて、充電コードを持ち歩くことで対応することで、これも一応決着でした。



















a.m6:10室津発’いわい’第1便は西(白井田)周りでした。


↑叶島  ↓鼻繰島



7月02日:晴
台風が小型ながら近づいてきました。
放映では大抵荒れる海、強風に耐える木の枝などが映し出されますので、これはヤバイかなと身支度してしまいますが、一般評価は余り暴れないだろう〜なんですが・・・。
サテ、サテ・・・。
これから第1便で出かけます。一応船は舫(もやい)を増やしたのですが、ハテ〜。
油断した19号台風(平成3年)の悪夢がよぎります。



















7月01日:晴
台風沖縄に接近〜。今日も雨模様の不安定な天候だろう〜と思いきや起きだしてみれば日が差している。もちろん歓迎だけど、昨日に続いて不用品?の片づけをともくろんでいたのでちょっとプログラムを入れ替えしなければ〜かな。
人口減少中の祝島、逝去の報の度にドキリ!。春先から懇意な方が次々と〜。一昨日も家内を妹のように可愛がって下さってた方が・・・。家族付き合いだっただけに、”ん〜〜”。
伝えたら落ち込みそうなので、自然に耳に入るまでそっとしておこうかと〜。

最近歩行も困難になってて、そしたら右手が「グー・チョキ・パー」ができなくなってしまって、それで食事が自分で取れなくなってしまって・・・。体調が落ちてしまってて・・・。
明日、広島の病院で受診なので、様子を見てから。電車で行くのは無理なので、長男が柳井まで迎えに来てくれる。私のドライブ・テクニックは柳井周辺のみ〜。><;)
















昨日の午後の雨降り〜、ビックリしました。あっという間もなく
見る見る内に港内が茶色!。

山から流れ下った泥水が噴出して来ました。



2018年(平成30年)06月30日までの出来事はあしあとでご覧下さい。
 
現在、瀬戸内海を見渡した時、かつてこの下に、大草原や湖があってマンモスゾウのファミリーが悠々と闊歩していたという話、にわかには信じがたいかもしれません。氷河期から暖期へと悠久の時が流れ、いつしか草原が海となり、高い山々の一部が島となって、多島美を誇る瀬戸内海を形成しました。
 やがて、黒潮が豊かな自然の恵みを運び、素晴らしい大自然を私どもに提供してくれました。この良き環境を後世に伝承することは、今を生きる私どもの大きな責務だと思います。
 この祝島も、貴重な遺産の一つ。今一度島内を巡り、祝島を写真で順次紹介してまいりたいと、ホームページを開きました。
(橋部 好明)

               

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